世界の多くの国で、「スピンドクター」と呼ばれるメディア戦略家が、巧みなPRによって世論を操作し、政治を動かしている。今日のようなメディア戦略は1940年代からアメリカで本格化し、やがて他の国々へも普及していった。政治権力とメディアとの関係を、当時の広告映像や関係者へのインタビューで綴る前後編2回シリーズ。

前編は、主にアメリカのメディア戦略家の活動を検証する。

政治の世界に、心理学を応用した世論操作を取り入れたのは、フロイトの甥であるバーネイズだった。バーネイズはパブリック・リレーションズ（PR）という概念を生み出し、世論をコントロールする鍵はメディアにあると考えた。1960年のアメリカ大統領選挙では、当時、技術革新が進みつつあったメディア、テレビを効果的に利用したケネディ候補が勝利を手にする。人々の潜在意識を刺激するテレビ広告も、選挙戦に盛んに利用されるようになり、60年代末からは、コンピューターの導入でそれまでより安い費用でできるようになった世論調査も大きな戦力となっていった。

こうしたメディアを利用した選挙運動はアメリカ国外にも広がるが、一方で、アメリカではスピンドクターに頼りすぎたために自らの政治生命を縮める政治家もいた。80年代になると、メディア戦略はさらに熾烈を極め、対立候補の弱点を徹底的に攻撃する陰湿なネガティブキャンペーンが行われるようになる。現在の選挙では、ほとんどの陣営がネガティブキャンペーンに対応する戦略を立てている。

後編は、アメリカから世界へと広がっていったメディア戦略の実態に迫る。

アメリカでは、20世紀半ばからスピンドクターが欠くことのできない存在となるが、ヨーロッパやほかの国々でもすぐに、この情報操作のプロが政治を動かすようになった。フランスでは1988年にミッテランが、ポーランドでは1995年にクワシニェフスキが、イギリスでは1997年にブレアが、ドイツでは1998年にシュレーダーが、それぞれ凄腕のスピンドクターたちの力を借りて、対立候補を破り、見事当選、大統領や首相の座に就く。ロシアでは、1996年のエリツィンの選挙戦以降、情報操作が巧妙化し、ジャーナリストたちを買収して、候補者に有利なニュースを作らせる「ブラックスピン」が横行するようになった。また、近年、戦争においても、メディア対策は戦略上、二次的なものではなく、重要な位置を占めるようになったと言われる。イラク戦争においても、開戦前、アメリカ政府は、アメリカ国民と国際社会に、戦争を始める理由を情報操作せざるを得なくなるが、政府の発表は後に、すべてが誤りだったことが判明する。サダム・フセインはアルカイダとつながっておらず、大量破壊兵器も保有していないことが明らかになったのだ。

今、スピンドクターの助言を仰がずに、意思表示をする政治家は世界中で皆無だと言われる。イラク戦争の例を見れば、スピンドクターの戦略が必ずしも正しいとは限らないが、政治の世界は、もう彼らの存在なしには語れない状況だ。

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